備忘録

遺書代わり

春を売る、春を買う。

孤独過ぎると孤独だってことにすら気付かないんじゃないかな。ぼんやりと思う。

不良になるためには良い人間にならないといけないし、家出するためには家に住まなきゃいけないし、良心が痛むためには良心がないといけない。孤独になるためには誰かといなきゃいけないんだと思う。孤独になるために人といる必要があるなんてアイロニーだ。

ワニの死を悼むことができる人たちも、電車を止めた自殺者には舌打ちしている。

日本が銃社会だったら銃乱射事件多そうだなんて思ったりもする。少しだけ用量が増えた入眠剤を片手に。

 

 

心と身体を切り離す。自分を保つために。

それで自由になれたのかな。

どうせ心からも身体からも逃げられないのに。

 

身体を売り歩く彼女らと、心を売り歩く俺は、どこが違うんだ。何にも変わらない。物質主義が貫通した愛を買うため。極めて即物的な愛が欲しいだけ。

彼女らの偽善的な笑顔と俺の偽悪的な笑顔は紙一重だと思う。

 

だから俺は言ってあげなきゃいけなかった。

自由はなにかを成し遂げるための手段であって、目的になってしまってはいけないのだと。

 

嫌いな季節が増えるけど、

目黒川沿いの桜を見ていると、せめて春を好きなまま死にたいなと思う。